2008年05月01日
心理学
私は、半年前から ひょんなことから 『心理学』のお勉強を始めました
そのお勉強の中で 『リメンバー』という授業があります
自分自身を振り返る(思い出す)作業をするのです
ただひたすら 自分と向き合う 思い出す 作業の時間になります
最初、「うそだろ~~~~っ! めっちゃ、苦手~~~~、むり~~~~、覚えてないし~~~~」
と、逃げ腰だった
そう、未だにそうです (なんせ、めちゃめちゃ記憶力が悪いので・・・)
パソコン操作が苦手なスタッフに変わり
私がお手伝いをさせていただいています
今は、HP&ブログも更新を担当しています
記事も入れてまーーーーす


なんせ、勉強中の生徒ですので 偉そうには書けないのですが
スタッフ & 生徒さんで 記事更新をしています
いい言葉や記事が ありますので、

時々、遊びに行ってみてくださいね
沖縄エンマン学園 blog http://enmangakuen.ti-da.net/
沖縄エンマン学園 HP http://okinawaenman.web.fc2.com/
子育てで悩んだり、人間関係で悩んだり、どうしていいか分からず迷った時
ヒントになる言葉が あると思いますよ

この中にとんとんは潜んでいます・・・・

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[子育て] ブログ村キーワード
2008年04月29日
愛情
第2子になると やはり 落ち着いて妊娠の段階を受け止められようになる
10か月頃から歩き始めた『しょう』も 大分運動量も範囲も広くなってきた
はいはいの頃は、床の小さなゴミを拾い集め
つたい歩きの時は、全ての物をテーブルから一掃してくれ
歩き出すと 家の柱にまで 突進していく
『しょう』にとっては すべての物が 遊び道具になるのでしょう
トイレはプールがわりだし・・・

ビデオは収納?(きっと、どの家庭でも経験済みでは?スプーンや鉛筆などが出てきたってこと・・・)
あっ、そうそう
一度、ベランダの窓に鍵をかけられそうになり 危うく締め出しくらうところだった
寸でのところで まぬがれましたーー(あの時はほんと、やばかった
)私のおなかの子もすくすく育ち
大きなお腹を 主人と『しょう』でさすってくれます
主人
: 「しょうはお兄ちゃんになるんだねぇ~、弟かな?妹かな?」しょう
: 「ん、ぼくのーーー ぼくのだよぉーーー」みんなで お腹の子を楽しみにしています

『しょう』の時もそうでしたが やっぱり 夢を見ました
お腹の子が なぜだか 2~3歳くらいのおかっぱ頭の女の子
にこ~っって笑っている
後で、お医者さんに確認したらどうやら 男の子だそうです
希望的観測が夢にまで現れたのでしょうね
お腹も大きくなったある日
主人が 『しょう』の寝顔を見ながら 突然、真剣な顔して
主人
: 「自信ないなぁ~」私
: 「どうしたの? なにが?」主人
: 「愛情を平等に分け与えるなんて 自信ない。 こんなに『しょう』が愛おしいのに・・・」私
: 「ん? 大丈夫よ、分け与える必要なんてないのよ。 だって、愛情ってどんどん溢れ出てくるもんでしょ」主人
: 「・・・・・・・・・・


」正直、ウケを狙った訳でも いいところ見せようなどと考えたわけではないけれど
主人は私の言葉にいたく感激したそうです
また、「ほれなおした」と申しておりました こほん

そんなこんなで家族3人で 4人目の家族を心待ちにしていました
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2008年04月24日
プール

2人目の妊娠に気づき
幸せな事に私は「つわり」というものにあまり縁がないようだった
それでもやはり 妊娠初期は少し体がだるく
すこ~し ぼーーっ とする時間が多くなった
毎週、楽しみにしていた『しょう』とのベビープール
体力的にも 全然問題ない状態だったのだが
一応、プールの先生にご報告しておかねば
何かあった時、ちょっとまずいだろうと
プールの終わる頃にご報告した
とても優しくて いい先生で
2人目の妊娠をとても喜んでくださった
それから先生は
「もう、一緒にプールへは入らないでください」とおっしゃった
え゛ーーーーーっ!
なんでーーー 楽しみにしてるのにーーーー
先生曰く 「大切な時期です。何かあってからでは遅いんです。そんな、大切な事、私には責任持てません。
お願いですから、『しょう』君の事は私が面倒みますから、お母さんはプールへ一緒に入らないでください」
ん~~~~~、先生のおっしゃる通りであります
かなり心配だし、不安だし、さみしいけれど
ここは 先生のおっしゃる通りに従うべきだと思い
次回のプールの時間から 先生にお任せすることにした
≪先生へお任せ 1回目≫
嬉しそうにプールに入った『しょう』
私が姿を消すと 不安がり ワァーワァー
泣きだしたひぇ~~~、どうしよう

私もオロオロ
ガラス張りの窓からそ~っと覗くと 必死に先生の腕でもがき私を探す『しょう』の顔

見ている私も 思わずうるうる

しばらくして慣れれると 落ち着いて 先生にあやされながら いつもの様に楽しそうにしている『しょう』
≪先生へお任せ 2回目≫
顔を見られると 泣いてしまうので 出来るだけ 見られないように
星飛馬のお姉さんの様に 柱に隠れて見ていた
≪先生へお任せ 3回目≫
まだ、泣き出しそうなので やっぱり柱に隠れて見ている私
でも、諦めたのか まだぐずるけれど 大分おとなしく入るようになる
≪4回目・5回目≫
日を追うごとに 私と一緒に入っていた事を忘れていたように
抵抗なしにプールに入っていく
先生はお言葉通り
本当の自分の子供の様に 『しょう』の事をかわいがってくれた
この事で、今まで お母さんから離れて 他人の手と一緒に過ごすことがなかった『しょう』は
家族以外の人でも 信頼できるんだということを 覚えたようだった
本当に『しょう』は いい先生に恵まれたねぇ~
こんなに大切にかわいがってくれて
先生は 「プールでは 私がお母さんだよ」 って教えてくれていたみたいです
本当に先生には感謝です
『しょう』にとって最初の 影響を与えてくれた人になりました
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2008年03月28日
体調が悪かったのは・・・

満1歳の誕生日の翌日
なんだか 朝からぼ~~~っとしてるなぁ~ って思っていたら
段々 ふらふらし始め 熱を測ったら 38.5度もあった

あ゛~~~~~ やばい

お祝いの疲れも手伝ったんだろう
その日は、出来るだけ休むことにした
翌日、すっかり良くなった私
アパートのお隣さんと 井戸端会議
私
: 「熱がでちゃってさぁ~、もう大変だったさー」お隣さん
: 「大変だったね~、ひょっとして お・め・で・た
なんじゃな~い」私
: 「まさか~、そんなはずないよぉーーー」ところが、数日後
ん? そういえば 毎月の女の子の日が来ていない

あれれーーー これって ひょっとすると
お隣さんの 「お・め・で・た~
」 が本物になった?それってすごーーーい

本人が気がつかないのに どうして わかっちゃうの?
女ってすごい

そうです
その時、第2子妊娠に気がついたのであった
とりあえず ちゃんと病院で確認をし、その夜主人へご報告しました
もちろん 主人は喜んでくれ
「しょう、よかったなぁ~ お前お兄ちゃんになるんだぞーー!」
と話かけていた
あのう まだ、よく理解できないとおもうんですがーーーー
まぁ、いいでしょう
男同志 ゆっくり話して下さいな
さすがに2度目は度胸すわってます
初めての時とは違った あったか~い 嬉しさが 滲んできます
そうかぁ~ 来年は4人になるんだなぁ~ などと
すでに 来年のことを考えてしまっている私なのでした
------------------------------------
昨日は、私達の20回目の結婚記念日でした
特別な事は何もしないけれど
いつもよりほんの少しのご馳走を用意して、今年は親子3人になってしまったけれど
楽しい食事をしました
あっという間の 20年
「20年も付き合ってるんだー」 と主人
おいおい、そりゃ あまりにも失礼すぎやーしませんかってもんですよ

指摘すると
「いやいや、もう20年になるんだなぁ~ 早いなぁ~と思ってさ」 ですって
それを言うなら 「もう20年になるんだぁ~」 でいいんでねぇの?

まったく、言葉を知らないんだから
って、そんな風に 過ごしてきたんですよね
これからも じゃれあいながら よろしくお願いします
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2008年03月27日
満1歳の儀式
『しょう』が満1歳を迎えた
沖縄では、満1歳を迎えると ある儀式を行う
5~7品 そろばんや本お金などを並べて 満1歳を迎えた子供に1個ずつ取らせるのである
その順番で この子の将来を占う
みたいなことらしい
『しょう』も同じく行いました
その日は近い親戚(おじー、おばー、おじさん、おばさん、甥っこや姪っ子)を我が家へお招きし、お祝いするのである
前の日から少し調子の悪い私
でも、我が子の晴れの日
しかも主人の兄弟や親代わりのおばーまでお祝いに駆けつけるときちゃー
頑張らないわけにもいかず
張り切って ご馳走を用意し その日を迎えた
朝からお掃除、ご馳走作り(大したものではないけれど・・・)
お客さんがいらっしゃる前に
儀式は行われた
並べられた品は全部で7品
小銭 お札
本
電卓 そろばん 筆ペン ご飯
まず最初に手にしたのは
小銭 だった 
別にいいんだけど・・・ 小銭ですかい







次に選んだのは、筆ペン
あとご飯 お札 本 電卓 そろばん でした
どう解釈すればよいのやら よく分からないけれど
どうやらあまり お金持ちにはなれないようである 
大金持ちになるよりは生活がしっかりできるだけ 充実した生き方が出来ればいいんです
君はきっと 大物になるぞ
だって、私達の子供だもん
(それこそ意味はない)
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2008年03月16日
初めての海
『しょう』がまだ9か月の頃だったと思う
おじいちゃん、おばあちゃん、甥っこも一緒に家族で海へ行った
『しょう』にとって初めての海です
大好きないとこの兄ちゃんとおじいちゃんに相手してもらって チョーご機嫌の『しょう』 

ところが 砂浜へ 足をつけると
ありゃりゃ ぎゅーってかんじで 足をすくめてしまった
何度やっても 足を縮める
どうやら 砂が足につくのが いやらしい
足をつけるのを嫌がって なかなかおじいちゃんの腕から離れない・・・
そういえば 今まで 素足に 何かがつくなんてこと
産まれて初めての経験だったのだ
公園へ行っても 靴やスリッパ
なりを 履いているわけで
素足のまま 砂につけるって 変な感じだったんだろうね
最初、嫌がってた『しょう』 
慣れてしまえば なんてことはない

いとこの にぃにぃ と 砂浜ではしゃいだり
波打ち際でキャッキャッさわいだりしていた 愛息子『しょう』であった
ここだけの話
私は何故だか 全然意味はないのだが
この子は 「海から生まれてきた」 と感じているのである
全く理由も なぜそう感じたのかも いつそう感じたのかも 分からないのだが
でも、そう感じたのである
とにかく 神からの授かり
ものであることには変わりないのである
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2008年03月06日
親のゆとり
久しぶりの更新です
やっと、一息ついた感じです 
ご心配おかけいたしました
今日は、復活リハビリということで
うちのことではないけれど
先日、おもしろいお話を聞いたので
そのお話をしたいと思います
Mさん、もうすぐ1歳を迎える初めてのお子さん(娘さん)を持つ方のお話
最近、伝い歩きを始めた娘さん
まったく目が離せないそうです
そうですよねぇ、伝い歩きの時期って
何を仕出かすかわからない
うちも 鏡台の引き出しを引っぱり出したり、テーブルの上のものを手で払ったり大変でした
Mさんとこも やっちゃってくれちゃってるようです
お会いした途端、
「大変だったんですよぉ~、娘が~
ティッシュを~、箱から1枚ずつ 取り出してるんですよぉ~ もう、あははは」 
どうやらティッシュを1枚ずつ、取っても取っても出てくるのがおもしろかったらしく
1部屋中、ティッシュだらけにしてくれたらしい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Mさんのいいところ
「あまりにも見事すぎて もう好きにしてって感じで
思いっきりやってもらいましたよ
後片付けが大変だったけどね」 と
いいですよねぇ
私、その頃、そんなに余裕あったかなぁ~
こんなに余裕を持って、子供に接することのできるお母さんって
素敵ですよねぇ
きっと、愛情をたっぷり注がれた子供って
本当にいい子に育つんですよね
最近は、とかく奇麗好きなお母さんが増えて
「汚れる~、汚い」 「バイ菌が・・・・ 不衛生~」 などなど
神経質になりすぎている様に思われます
少しの事ではなかなかお腹なんて壊さないものですよ
逆に神経質になりすぎることで子供が変に神経質になり
精神的に体調を崩すことがあるんです
それって、ある意味異常です
危険信号です
お母さんがゆったりとおおらかに 愛情たっぷりに 子供を見守ることが一番成長にとって大切だと思うんです
随分前の事ですが、とても印象に残っている言葉があります
アメリカのお母さんと日本のお母さんの違い
アメリカのお母さんは、手を放し目を離さない
日本のお母さんは、目を離し手を離さない
日本のお母さんは、おしゃべりに夢中になり、手を放さなければ大丈夫だと思っている
子供は、お母さんは話に夢中になり相手にしてくれないし、
ついつい隙をついて手を離れ、道路へ飛び出してしまう
気がついた時には、遅かった
よくある話のような気がします
アメリカのお母さんが全部、手を放し目を離さない
とは、限らないけれど
私は前者を実践してきたつもりだ
(ほんとは一度大きな失敗をしたんですが、それは又次の機会に・・・)
子供の自立を助けるのも 妨げるのも 親なんですよね
愛する子供だからこそ 手を放し 絶対に目を離さない のは必要です
子供に我慢することを教える前に 親の方が 待つことの我慢を実践しましょうね
実際問題、仕事をしながらの子育ては思うようにはいきませんが
言い訳をする前に 時間にゆとりを持つことで 解消しましょう
と、反省している とんとんです
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2008年02月10日
あんよ
手をつないで歩くのがどうも あまり好きじゃないらしく
私の手を振りほどいて とっとっとっと と小熊のような後姿で逃げて行く
両手を頭の高さくらいまで上げ
すこーし、頭を前に倒し、まるでその重みで前へ進んでいるかのように
とっとっとっとっと とことことことことこ
といった具合
お尻をふりふり まるで あひるのおしりの様
とっとことっとこ 歩く姿は 小熊ちゃんのようです
足もおぼつかないので 勢いづいて コケる
すかさず
「すごいなぁ~ がんばったねぇ~ えらいねぇ~」 とほめちぎる
それに気を良くした『しょう』は泣き顔も止まり
イマイチ納得できないような顔をして 笑顔になる
また、気を取り直し とっとことっとこ・・・
子供にとって転ぶ練習も必要なんだそうだ
スキー教室で最初に教わるのは転ぶところからだ
それと全く一緒なのだ
子供って不思議ね
あんなに危なっかしいのに あまりケガをしないんだよね
受け身が備わっているんだろうね
だから 転ぶ前に 大人が手を出したり 転んだ後、すぐに抱き起したりするのは
あまりよろしくないのである
転んで学ぶのだ
子供は天才だから すぐに転ばない方法を会得する
いや、転んでも怪我しない方法を習得するのである
転んで立ち上がるの事を 自分で学ぶのも必要
それで 少しずつ 自立を覚えるようである
と、あくまでもこれは私の意見である
2人の子供を授かり、育てた経験と ただ単に 感 である
私は、出来るだけ転ばないように 進行方向の障害物をどけてあげたり
危険なところへは行かないように 誘導することに気を使った
もちろん 転んだ後のフォローもね
------------------------------------
しばらくぶりの更新です
いろいろとご心配おかけしました
今月いっぱい退職するので その整理のため 拘束時間が長くなってしまった訳です
退職し、独立を考えているので その為の準備にも時間が必要です
もうしばらく 時間がかかりそうです
でも、このブログは私にとって きっと 大切なブログになると思いますので
必ず、続けていこうと思っています
気長に見守って下さいね
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2008年01月22日
お熱いのには気をつけて
出産前から見てる『しょう』をかまいたくて仕方ない様子だ
母が産婦人科に勤めていたこともあって
(そのおかげ?で出産時は大変だったんだけど・・・「誕生」)
特にお節介やきの母は、『しょう』をお風呂に入れるのを手伝うと
我が家に押し入り
腕まくりをしながら 『しょう』をお風呂に入れてくれるのだ
とても気持ちは嬉しいのだが
お風呂上りに『しょう』の体を上下に振って、水切りするのだけは ア然とした
モノじゃないんだから やめてくれ~~~~~
職場である病院でもそうしてるのかーーーーーーっ
しかも、職場のベイビーは新生児だろうがーーーーーっ
という、私の叫びなど まるで聞く耳もたずである
その当時、実家が近かったし、両親が孫の世話を焼きたがるというのもあり
お買いものの時だけ 実家に預けることが時々あった
私としては、半分は親孝行のつもりでもあったわけである
私も身軽にお買いものができるし、両親も喜ぶし
一石二鳥だ
そして、いつもの様に両親に預け お買い物に出かけた
すぐ近くのスーパーなので、ゆっくり回っても30分もかからない
両親に預け、「行ってきまーす」 とドアを開け外へ出た途端である
「ぎゃーーーーーーーーーーーっ」
異常なほどの『しょう』の叫び声に近い、泣き声
--- なにかあった
とっさに引き返す
と、父が泣き叫ぶ『しょう』を 「よしよし」とばかりにあやしてる
それでも、いつもと様子が違う
駆け寄り、「どうしたの?」 と聞いた
父 : アイロンかけてたら『しょう』が倒して、ちょっと当たったんだよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『しょう』の足元を見ると 右足の中指と薬指の間くらいのところが水膨れになっていた

「よしよし」言ってる場合じゃないだろうがーーーーーーっ

すぐに父の腕から『しょう』を奪い
ダーーーッと 洗面台へ
とにかく足に水を掛ける
かわいそうに 『しょう』の小さな足に水ぶくれが出来てしまった
なんてことを・・・・・
さすがに それ以上は年寄りを叱ることは出来ず
やっぱり、私が見ておけばよかった と再確認した出来事だった
2008年01月20日
水遊び?
目が離せなくなった
その当時、住んでいたアパートは本当に小さなアパートだった
2DK、和式トイレが一つになったシャワーだけのお風呂
それでも親子3人にはちょうどよい広さだった
(あまり広いと私的に無理であったでしょう)
ある日、洗濯物を干すためベランダへ出た
その間、ちょっと段差があったのでガラス戸を閉めていた
干し終えて部屋へ戻ると 『しょう』の姿が見えない
奥の方から何やら 「きゃっきゃっ!」 と楽しそうな『しょう』の笑い声
???????????
「なに?・・・・・・・・・・」
声はお風呂場の方から聞こえる
様子を見に行くと
なんと、なんと 「ひぇ~~~~~~~~~っ」
『しょう』が 『しょう』が 和式トイレに座り込んでいる
金隠しっていうんですか?
それに向かって便器の中に座り込んでいる
しかも、めちゃめちゃ嬉しそうに
手足をバタつかせ、びちゃびちゃと水しぶきを上げ
「きゃっきゃっ!」 喜んでいるよーーー
おい、おい、おい
君は何をしているんだーーーーーーーーーーっ
そんな無邪気な笑顔で私を見てくれるなよーーーーーー

いやいやいや、まったく、なんてことを・・・
怒れるわけないですよ
そんだけ、楽しんでいるのですから・・・
それだけ水遊びが好きになってくれれば 良しとしましょうね
でも、それからお風呂場は締め切ることになりました・・・・・・・とさ
これは、笑える楽しい事件でした
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2008年01月18日
プール
6か月が過ぎた頃、なんとなく目にした水泳教室のチラシだったと思うが
それが気になった
結婚前、ダイビングのライセンスを取得した私だが
残念ながらカナヅチです
泳げなくても出来るウォータースポーツであるダイビング
でも、いざとなったらやはり自分の力が生死を左右するもの
子供には絶対、泳げる子でいて欲しい
男の子なら当然、必要だ。 と決めていた 勝手に・・・・
そこで、ベビーの水泳教室というものがあったので
参加することにした
聞いた話によると、赤ちゃんの頃はお腹の中にいた頃の記憶がまだあるので
水の中でも恐怖心があまりないそうである
羊水の中にいた記憶があるらしい・・・
私がびっくりするほど『しょう』はすぐに水に馴染んだ
潜りも全然平気で、泣くどころか水中で笑っているのだ
最初、顔を出した瞬間びっくりした様子で泣き出しそうになる
「すっごいねー、すごーーいっ! やったねーーー!」 と大げさに喜んでやると
すぐに笑顔になる o(〃^▽^〃)oきゃははっ♪
単純である・・・
赤ちゃんって水中でも深さってわかるんだよね
赤ちゃんが「はいはい」出来るくらいに台を置いて、水中を進んで行く
台の切れ目にくると、止まるの
台の切れ目から1mほど先で、「おいで~♪」 と手を広げて待つ
少し躊躇する それから 「えいっ」 って感じで飛び込む
水中でそれを受け止め、すくいあげ抱きしめる
すぐに笑顔 o(〃^▽^〃)o
ん~、なんて愛おしいの~ きゃわいい♪
とまぁ、こんなかんじで『しょう』はすぐに水に馴染んでいった
このプールでの経験が後に、いろいろと事件を起こしてくれることになろうとは
その時、全く思いもしなかった
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2008年01月11日
事件です!
その日は、主人が夜勤で帰りが遅い
私は、『しょう』とゆったり過ごしていた
お座りがやっとこさ出来るようになった『しょう』
私はこたつに座り、テレビを見ながらのんびりと洗濯物をたたみ
すぐ横に不安定にお座りしている『しょう』がいる
後ろに倒れるのを防ぐ為、すぐ右手を差し出せるよう、少し斜めに座って
ふわふわした気持で、手遊びをしている『しょう』を見ていた
すると、事件は起こった
そばにあった3本セットのペン(その頃、売られていた3本が横に一列に並んでくっついているヤツ)で遊んでいた『しょう』
私がちょっと、よそ見をした瞬間だった
お座りをしていた『しょう』はそのペンを口元にもっていき、加えた
ふらふらっとしたかと思うと、そのままゆっくり前へ倒れた
「んぎゃーーーーーーっ!!」
そうです。口にくわえた3本セットのペン先が口内に刺さったようだ。
ビックリした私は、口の中の様子を確認しようとするんだけど
血が出て、よくわからない
当然、泣き叫ぶ子供
もしも喉元に刺さっていたら大変な事になる
泣き叫ぶ子供を抱えて、車を運転することは危険だし・・・
そうだ、兄がいたかも
実家が近かったこともあり、丁度家に居た兄に電話で事情を話し
救急病院まで連れて行ってもらうことにした
診察の結果、「上あごに傷が出来た程度で何も心配はありません」 とのこと
ふ~~~~~ ほっとした後、脱力である
小さな子供が何でも口にすることなんか、親なら当たり前に知っているはずなのに
どうして、手が届くところに、しかも手に取って遊び始めたのを見ていたのに・・・
もっと早く取り上げていたら良かった

可哀そうな事をしてしまった
痛い思いをさせてしまった
めちゃめちゃ、反省です
上あごを覗いてみると、3点の小さな傷が見えた
「ごめんねー、ごめんねー」 と何度も言いながら、私の方がうるうるしてしまった

でも、これだけで済んで本当に良かった
後ろに倒れることばかり気をつけていたから、私としては前に倒れるのは想定外だったのだ
子供って何があるか分らないから、ほんと気を付けなければ
ところで、話は変わるが 私と『しょう』は全然似ていない。
主人とも似ていない。
ついでに私と兄とも全然似ていない
兄は目が大きく、いかにも『うちな~んちゅ』顔だ
私はと言うと、一重で本土の人と間違われるような顔
『しょう』は目が大きい、そう、私の兄の小さい頃によく似ているのだ
病院の待合室で看護師さんが兄に 「お父さん」 と声を掛けたのには、がっかりした

まぁ、そんな事はともかく 神経質になりすぎるのはよくないけれど
気をつけすぎる事は必要なのだと、改めて思い知らされる事件であった
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
2008年01月05日
乙武さん、ご長男誕生!
新聞で乙武さんの記事を見てなんだか妙に嬉しくなり
「乙武さん、ご長男誕生!
おめでとうブログ」を投稿します
乙武さんの「五体不満足」を読んで、めちゃめちゃ感動したひとりです
あの明るくて芯の強さは、お母さんのおかげなんだなぁ と
改めて
母
は重要なんだと考えさせられましたあんなに強くて明るく前向きなお母さんにはなれないけれど
考え方が変わった本となりました
人間にとって本当に大切なものは、体じゃない心なんだよね
頭ではわかっちゃいるけど、心(魂)の精神年齢がまだまだ低い私は
きっと、うろたえ落ち込みショックでどうしていいか分らなくなっていただろう
乙武さんのお母さんの様に、「かわいい」 と抱きしめてあげられただろうか
素敵なお母さんですよね
あのお母さんだからこそ乙武さんのような素敵な人が育つんだろう
久しぶりにまた、読んでみようかな
乙武洋匡さんのオフィシャルサイトはこちらです
なんとなくとても嬉しかったので、今回はとりあえず
乙武さんのおめでとうございますーーーー
.☆.+:^ヽ(∇^*)o【♪祝♪】o(*^∇)ノ^;+.☆.
2008年01月04日
3人の暮らしの始まり
病院で練習したおむつの交換やお風呂の入れ方も1週間もすれば、
ちゃんと『母』になってくるもので、
当り前のようにこなせるようになっていた
それよりもなによりも 赤ちゃんってどうしてこんなに いくら見ていても飽きないのだろう
ぐっすり寝ていても(天使の寝顔) 泣いていても その表情は光り輝いている
『しょう』と命名した長男は、とても手のかからない子だった
ベッドで寝ていてもあまりぐずらない
寝ている時が唯一、他の事ができるわけなのだが
なんだか、構いたくて仕方ない程
寝ているところを覗き込む
だって、めちゃめちゃかわいい寝顔なんですもの o(*^▽^*)o
目覚めた時、『しょう』はしばらく自分の手をかざして眺める
そうして、グーパーグーパーしてみたり、もじもじしてみたり
しばらくは自分の手を観察しているようだ
私は、「あ、やっと起きてくれた」とばかりに抱き寄せたい気持ちを抑え
その様子を離れて見ている
何かの本に『一人遊びが重要だ』と書いていた
この子は、何かを学ぼうとしているんだ
と、感じた
難しい話は私には分らないが、母として子供に必要な大切な事柄は冷静に見れば感じとれるものだ
この子の世界に親であっても侵入し、乱す権利はないのである
ひとしきり遊んだあと、必ずこちらを振り向く
その時が、私の出番である
そのタイミングを絶対に逃す私ではない
だって、ずっとそれを待っているんだもの
時には声を出し、時には体中で私を呼ぶ
そっと声を掛け、ゆっくりと抱き上げる
なんて、素敵な時間なんだろう
ゆっくりと暖かく、しかもキラキラと輝く時が流れている
母である女性だけが与えられた特権かもしれない
天使を独り占め
である『しょう』は相変わらず、沖縄の暑い夏の気温には勝てず
あせもが体中に出来ている
クーラーをつければいいのかもしれないが
元々、私がクーラーが苦手なのもあって
出来るだけ自然に過ごしたかった
お風呂上りのパウダーは欠かせません
(それって本当にあせもに効果があったのかどうか未だによくわかりませんが・・・)
その頃、布おむつを使っていた
毎日、いっぱいの布おむつを洗濯
ベランダは布おむつのカーテン状態だった
最近、聞いた話によると
布おむつはかなり重要でコミュニケーションには一番効果的だそうだ
紙おむつに比べると、子供に触る回数が増えることがその最大の要因だそうだ
その事で子供の脳や五感は、最高に発達するそうである
親としても子供に対する愛情が深まる時期でもある
今の時代で『布おむつ』がかなり見直されているようである
これから出産の予定の方、今乳児がいる方
布おむつに切り替えてみて
きっと、もっといい子に育ちますよ
さて、うちの子はと言うと『一人遊び』と布おむつのおかげか
早くから親離れをしたヤツです
親としては頼もしいやらさみしいやら・・・
私は親として子供にしてあげなければいけない事は二つあると思っている
1、自分で考え、行動できるように導いてあげること
2、チョイス(選択)する目を持てるように導くこと
この二つは自分自身で持つことこそが力になるし、宝になると考えてる
親としては、チョイスできるだけの材料をいっぱい用意してあげたいと思っていた
残念ながら思っていたほど、用意してあげることは出来なかったけれど
彼は思っていた以上に『自分自身』を確立していった
それが、一番うれしい事である
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
2008年01月01日
我が家の天使
体重 3400g 身長 49.5cm
ちょっと大きめの元気いっぱいの男の子誕生!!

両親に似ず、お目目ぱっちりのきゃわいい赤ちゃん
(すみません親ばかで・・・m(__)m)
本当に元気いっぱいで、おっぱいもいっぱい飲んでくれる
部屋で休んでいる時でもすぐわかるほど
一番大きな泣き声で呼ぶのはうちの子だ
少し黄疸がでただけで1週間で無事退院できた
快適な病院とは違い、真夏の沖縄
初めて外界に出たうちの子は、めちゃめちゃ暑かったのだろう
家に来た日からあせもが出てしまった
その時からこの子が皮膚が弱いことが判明したわけである


ご紹介します。
我が家の天使です

ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
2008年01月01日
あけましておめでとうございます

昨年はお世話になりました
今年もよろしくお願いします
記憶のある限り、これからも更新していきますので、
どこかに子育てのヒントでもあれば嬉しいです
2007年12月26日
誕生
助産婦さんのガイドで お腹を上下にさすりながら 「ひっひっひっ、ふーーーーー」 とラマーズ法で呼吸をしながら陣痛をしのぐ
主人も傍で一緒に 「ふーーーっ」 と合わせてくれる
陣痛の痛みもかなり強くなってきた
「力を入れないで、呼吸に集中して」 の声に 「ふっふっふっ、ふーーーー」としているつもりが
「ふぅっ、ふぅっ、ん、ふ、ふぅうううーーーーーっ」 になっている
力を入れてるんじゃないんですぅー
入るんですよぅー 勝手にーーーーっ
お腹が勝手にぎゅーーーーーっ て感じで力が加わるものを
どうやって、力を抜けばいいんですかぁーーー
いくらなんでも無茶ですよぉ
有り得ないんですけどぉ
それでも 『子供も苦しいんだ、がんばってるんだ』 と思うと
楽にさせてあげなきゃって、空気をいっぱいあげなきゃって
「ふっ、ふっ、ふっ、ふーーーーーっ」を繰り返す
さぁーーーーー、いよいよラストスパートに近づいた
医者と助産婦さんの合図で力を入れる時が来た
思わず、「やった、やっと力を入れていいんだ」 と思う
「はい、いきんで」 助産婦さんの声
それっ、とばかりに 「んーーーーーーーーーーっ」と私
と、その瞬間
背後のドアがバタンっ! と開いた
「どんなねぇーーーー、大丈夫ねぇーーーー」
づかづかと分娩室に入り込んで来たのは
母だった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うそだろう
なんで?
なんで、こんな時にあなたは入ってくるの?
当時母は、産婦人科に勤めていたので(この話は前に少し触れたが・・・『結婚』にて)
自分が居れば大丈夫だと思いこみ、乗り込んできたようだ
ちゃんとした産婦人科での出産で、医者も助産婦さんもついているし、
しかも出産するのは私なんですけど
なんなの?
今からクライマックスという時に
どうして、こうもタイミングよく登場するかな? あなたは・・・
それどころではない私は、「やめてくれよぉ」と思いながら
無視をすることを選択し、再び 「んーーーーーーーーーーーっ」
どうやら、出る幕ではない事を悟ったらしい母はすごすごと分娩室から退場するすることになったようだ
何度目かのリキの時、「もう少しで頭が出ますよ」と助産婦さん
でも、なかなか出ない
何か器具を持ち出してお医者さんが引っ張ることにしたようだ
とにかく早く出してあげなければ、子供が苦しそうだ
やっとの思いで頭が出た
その後は、スムーズに行った
「おぎゃーーーっ、おぎゃーーーーーっ!」

大きな泣き声
あ~、終わった~
これがその時の正直な感想だ
医者に「お父さん、へその緒切ってみます?」と言われた主人
恐る恐る言われるままに、へその緒を切っていた
「思っていたより硬かった」というのが感想だったようだ
お医者さんが赤ちゃんの顔を見せてくれた
くしゃくしゃだけどしっかりした顔立ち
二重の大きな目が印象的
看護婦さんが赤ちゃんをきれいに拭いてくれている
その次の瞬間の私の言葉はこれだ
主人に 「ねぇ、大丈夫?指はちゃんとついてる?」 だった
無事に産まれてくれて、五体満足であればいい と思った
今にして思えば、無事に産まれてくれさえすればそれで良かったのだ
それだけで充分
だって、あなたは天使だもの
私達のもとに来てくれた天使
それだけで充分
本当、産まれてきてくれてありがとう
しあわせをくれてありがとう
神様がくれた私達の天使
私のそばで寝息をたてている天使の顔を覗き込み
「やっと、逢えたね。 私がお母さんだよ」 と声をかけた
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2007年12月18日
陣痛
引き継ぎなどがなかなかうまくいかず仕方なかったのだが
もういい加減、大きなお腹で通勤するのは大変だということで
お役御免になった
出産予定が8月なので
それまでは信じられないくらいアツイ
妊婦さんってどうしてこんなに体温が高いのぉ~
いけないと思いながら水シャワーを浴びたくらいだ
予定よりもお腹の子は大きく育ったらしく
予定日より少し早めに出産した方が良いとの医師の診断で
8月4日の夜、入院することになった
初めてのお産となると誰でもそうだと思うが
私も例外ではない
不安と期待とほんの少しの恐怖で複雑な心境だった
本当は自然に出産することを望んだのだが
これも安全に出産を迎えるには仕方ないことなのかもしれない
さぁ、いよいよ未知の世界へ足を踏み入れるのだ
必ず通らなければならない道だし、
やっと、待ち望んでいた赤ちゃんと会えるのだから
頑張るゾーっ! と意気込む気持ちと
なんとか気がつかない内にあっという間に過ぎてしまわないかなぁ
などと勝手なことを思っていた
翌日、8月5日
出産のための検査や準備に午前中費やした
点滴を打ちながら、陣痛が来るのを待っている状態だった
お昼ごはんもあまり食欲がなく、少ししか食べられなかったのを覚えている
まぁ、その頃は全然余裕で主人と冗談をいいながらリラックスしていたくらいだ
お腹のハリがきつくなった
いつものハリとは違う
ぎゅーーっって感じが少し長い
それが段々、感覚が短くなってきた
しかも、段々強力になってきた
なに? なに? キツイんだけど・・・
痛いんですけど・・・ 苦しいんですけど・・・・
しかも、段々感覚が短くなってきてるんですけど・・・
あれ~、これって あの 『陣痛』 ってーやつですか?
看護婦さんが 「陣痛が15分間隔くらいになったら教えてくださいね」
と言ったのだが、その 『陣痛』 とうものがどういうものなのか
それこそ未知の世界なのだ
思わず、看護婦さんに
「これって、陣痛なんですか?」と聞いてみた
看護婦さんは ??? の顔をして 黙って去って行ってしまった
そりゃーそうだ
陣痛を体験しているのはまさに今、私なのだから
私がわからなければ、他人がわかるわけない
でも、本当にわからないんですよぉーーー
教えてくださいよぉーーーー
冷静になり間隔を測ってみた
15分間隔になっていた
「あ~、やっぱり、これが陣痛なんだ」
やっと、気づいたトロい私です
さぁ、やっと戦いの場に入ってしまいました
『苦しいのは一人じゃない、子供も苦しいんだ。』
子どもと一緒に頑張る
子供も大変なんだから、早く楽にしてあげたい
そして、元気に私の腕の中に抱きたい
そう、思ったら母は強い
「さぁ、来い!」 状態だ
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2007年12月15日
プロポーズ?
2日目の夜、明日は帰るということで皆でその日の体験ダイビングの話をしながら盛り上がった
私も強くもないビールを気分よく飲んで、ちょっと酔っぱらってしまった
その日の夜、酔ったせいであろう
こともあろうに彼に昔の切ない辛い恋の出来事を話してしまった
(普通、こういうことを話さないだろう・・・(^_^;))
ずっと、人には言えないことだった
辛い思い出で、一生誰にも話さないつもりだったし、忘れることができない出来事だった
酔ったせいもあるが、彼のハートが暖かく大きかったせいである
泣いてる私を彼はすっと包み込み、ぎゅっと抱きしめてくれた
「一緒にしあわせになろうね」
「ん、ん」とぐしょぐしょ顔の私はいつの間にか眠りについた
その時、私はプロポーズされた
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と、信じていた
主人はどうやらその事を覚えていない様子だ
でも、ヤバイ話までも思い出してもらうのはいかがなものかと
それはそれでそっとしておくことにした
ある日、主人とデートした時のこと
スナックで2人で飲みながら(スナックって懐かしい響きだ~)
いつの間にか、「将来子供が出来たら・・・」の
もしも話になった
何の疑問もときめきもなく
2人で決めた名前が、なぜか男の子二人の名前だ
それが私達の息子二人の名前になった
女の子が欲しかった私だけど
なぜか、男の子の名前しか出てこなかった
不思議だね
その時、すでに決まっていたみたい
だから、お腹の中にいる時から名前で呼んでいた
大きなお腹をさすりさすり
「しょう、大好きだよー 早く出ておいで~」
ってな具合です
大きくなると「大好きだよ」がなかなか言えないのは寂しいね
今でもいつでも「大好き」なのにね
たまに「あんたはハンサムじゃん!」とか
「かっこいいよ」などと言ってあげると
鼻でフンと笑い 「親ばか」などとほざく長男である
次男は口の端でニヤニヤと笑うだけだ
二人とも嬉しいくせに
男の子ってかわいい (*⌒∇⌒*)♪
ふふっ、 ただの親ばかです
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2007年12月12日
結婚
早速、さすが沖縄
ユタさんへ行くことになった
---解説しよう、『ユタ』とは沖縄の霊媒師のような存在で、統計学的な占いとスピリチュアルな部分でいろいろなアドバイスをしてくれる。
人によっては得意分野(家・土地の事、運勢占い等)があるようで、そこを踏まえて選ばなければいけないのである。
しかも、ユタ協会なるものが存在するそうである。(ユタ協会の方からお聞きしました)---
ユタさんのおっしゃることには、どうやら私の運勢からいうと、年内(旧暦)に結婚しなければいけないらしい
ということで、慌ただしく 1月27日 結納 --> 3月27日 挙式
お腹も目立つ前にということもあったのだが
本人もビックリするくらい トントン拍子に事が進んで行った
実家の近くにアパートを借り、私達の生活が始まった
当時、母は産婦人科に勤めていたので
最初はそこでお産を・・・とも考えたのだが
どうも、高校の頃から知っているところへ行く気にはなれなくて
看護師さんたちに勧められた病院へ行くことにした
そこでは『母親学級』なるものがあり、ラマーズ法や軽い運動、心得、赤ちゃんの世話の仕方などなどを教えてもらった
父親参加の授業まであり、主人と一緒にラマーズ法を練習した
「出産の時、苦しいのは母親だけではない。
お腹の子供もとても苦しいのよ」
と助産婦さんに教えられた
胎教にいいと「リチャード・クレーダーマン」のピアノ曲CDを聴いたり、
「お顔のいい子が産まれるよ」とトイレ掃除を頑張ったりしたものでした
その甲斐あって、長男は産まれた時からハンサムでした
未だに「誰に似たの?」と疑われていますが・・・
ほっといてくれ!
赤ちゃんはお腹の中で、ちゃんと周りの音を聞いてるらしく
それもしっかりと記憶に刻まれるらしい
大きなお腹をさすっては、主人と私はお腹の赤ちゃんに話しかけていた
そういう時の主人は、まさしくメロメロパパ
子供嫌いの主人と私が、こういう構図になるなんて
二人とも全く想像できなかった
でも、なんて幸せなのだろう
これが、幸せというものなのか
幸せってほわほわとあったかいものだったんだと 感じさせられる空間だった
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