2007年12月26日
誕生
いよいよ、本番の時を迎えた
助産婦さんのガイドで お腹を上下にさすりながら 「ひっひっひっ、ふーーーーー」 とラマーズ法で呼吸をしながら陣痛をしのぐ
主人も傍で一緒に 「ふーーーっ」 と合わせてくれる
陣痛の痛みもかなり強くなってきた
「力を入れないで、呼吸に集中して」 の声に 「ふっふっふっ、ふーーーー」としているつもりが
「ふぅっ、ふぅっ、ん、ふ、ふぅうううーーーーーっ」 になっている
力を入れてるんじゃないんですぅー
入るんですよぅー 勝手にーーーーっ
お腹が勝手にぎゅーーーーーっ て感じで力が加わるものを
どうやって、力を抜けばいいんですかぁーーー
いくらなんでも無茶ですよぉ
有り得ないんですけどぉ
それでも 『子供も苦しいんだ、がんばってるんだ』 と思うと
楽にさせてあげなきゃって、空気をいっぱいあげなきゃって
「ふっ、ふっ、ふっ、ふーーーーーっ」を繰り返す
さぁーーーーー、いよいよラストスパートに近づいた
医者と助産婦さんの合図で力を入れる時が来た
思わず、「やった、やっと力を入れていいんだ」 と思う
「はい、いきんで」 助産婦さんの声
それっ、とばかりに 「んーーーーーーーーーーっ」と私
と、その瞬間
背後のドアがバタンっ! と開いた
「どんなねぇーーーー、大丈夫ねぇーーーー」
づかづかと分娩室に入り込んで来たのは
母だった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うそだろう
なんで?
なんで、こんな時にあなたは入ってくるの?
当時母は、産婦人科に勤めていたので(この話は前に少し触れたが・・・『結婚』にて)
自分が居れば大丈夫だと思いこみ、乗り込んできたようだ
ちゃんとした産婦人科での出産で、医者も助産婦さんもついているし、
しかも出産するのは私なんですけど
なんなの?
今からクライマックスという時に
どうして、こうもタイミングよく登場するかな? あなたは・・・
それどころではない私は、「やめてくれよぉ」と思いながら
無視をすることを選択し、再び 「んーーーーーーーーーーーっ」
どうやら、出る幕ではない事を悟ったらしい母はすごすごと分娩室から退場するすることになったようだ
何度目かのリキの時、「もう少しで頭が出ますよ」と助産婦さん
でも、なかなか出ない
何か器具を持ち出してお医者さんが引っ張ることにしたようだ
とにかく早く出してあげなければ、子供が苦しそうだ
やっとの思いで頭が出た
その後は、スムーズに行った
「おぎゃーーーっ、おぎゃーーーーーっ!」
大きな泣き声
あ~、終わった~
これがその時の正直な感想だ
医者に「お父さん、へその緒切ってみます?」と言われた主人
恐る恐る言われるままに、へその緒を切っていた
「思っていたより硬かった」というのが感想だったようだ
お医者さんが赤ちゃんの顔を見せてくれた
くしゃくしゃだけどしっかりした顔立ち
二重の大きな目が印象的
看護婦さんが赤ちゃんをきれいに拭いてくれている
その次の瞬間の私の言葉はこれだ
主人に 「ねぇ、大丈夫?指はちゃんとついてる?」 だった
無事に産まれてくれて、五体満足であればいい と思った
今にして思えば、無事に産まれてくれさえすればそれで良かったのだ
それだけで充分
だって、あなたは天使だもの
私達のもとに来てくれた天使
それだけで充分
本当、産まれてきてくれてありがとう
しあわせをくれてありがとう
神様がくれた私達の天使
私のそばで寝息をたてている天使の顔を覗き込み
「やっと、逢えたね。 私がお母さんだよ」 と声をかけた
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
助産婦さんのガイドで お腹を上下にさすりながら 「ひっひっひっ、ふーーーーー」 とラマーズ法で呼吸をしながら陣痛をしのぐ
主人も傍で一緒に 「ふーーーっ」 と合わせてくれる
陣痛の痛みもかなり強くなってきた
「力を入れないで、呼吸に集中して」 の声に 「ふっふっふっ、ふーーーー」としているつもりが
「ふぅっ、ふぅっ、ん、ふ、ふぅうううーーーーーっ」 になっている
力を入れてるんじゃないんですぅー
入るんですよぅー 勝手にーーーーっ
お腹が勝手にぎゅーーーーーっ て感じで力が加わるものを
どうやって、力を抜けばいいんですかぁーーー
いくらなんでも無茶ですよぉ
有り得ないんですけどぉ
それでも 『子供も苦しいんだ、がんばってるんだ』 と思うと
楽にさせてあげなきゃって、空気をいっぱいあげなきゃって
「ふっ、ふっ、ふっ、ふーーーーーっ」を繰り返す
さぁーーーーー、いよいよラストスパートに近づいた
医者と助産婦さんの合図で力を入れる時が来た
思わず、「やった、やっと力を入れていいんだ」 と思う
「はい、いきんで」 助産婦さんの声
それっ、とばかりに 「んーーーーーーーーーーっ」と私
と、その瞬間
背後のドアがバタンっ! と開いた
「どんなねぇーーーー、大丈夫ねぇーーーー」
づかづかと分娩室に入り込んで来たのは
母だった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うそだろう
なんで?
なんで、こんな時にあなたは入ってくるの?
当時母は、産婦人科に勤めていたので(この話は前に少し触れたが・・・『結婚』にて)
自分が居れば大丈夫だと思いこみ、乗り込んできたようだ
ちゃんとした産婦人科での出産で、医者も助産婦さんもついているし、
しかも出産するのは私なんですけど
なんなの?
今からクライマックスという時に
どうして、こうもタイミングよく登場するかな? あなたは・・・
それどころではない私は、「やめてくれよぉ」と思いながら
無視をすることを選択し、再び 「んーーーーーーーーーーーっ」
どうやら、出る幕ではない事を悟ったらしい母はすごすごと分娩室から退場するすることになったようだ
何度目かのリキの時、「もう少しで頭が出ますよ」と助産婦さん
でも、なかなか出ない
何か器具を持ち出してお医者さんが引っ張ることにしたようだ
とにかく早く出してあげなければ、子供が苦しそうだ
やっとの思いで頭が出た
その後は、スムーズに行った
「おぎゃーーーっ、おぎゃーーーーーっ!」

大きな泣き声
あ~、終わった~
これがその時の正直な感想だ
医者に「お父さん、へその緒切ってみます?」と言われた主人
恐る恐る言われるままに、へその緒を切っていた
「思っていたより硬かった」というのが感想だったようだ
お医者さんが赤ちゃんの顔を見せてくれた
くしゃくしゃだけどしっかりした顔立ち
二重の大きな目が印象的
看護婦さんが赤ちゃんをきれいに拭いてくれている
その次の瞬間の私の言葉はこれだ
主人に 「ねぇ、大丈夫?指はちゃんとついてる?」 だった
無事に産まれてくれて、五体満足であればいい と思った
今にして思えば、無事に産まれてくれさえすればそれで良かったのだ
それだけで充分
だって、あなたは天使だもの
私達のもとに来てくれた天使
それだけで充分
本当、産まれてきてくれてありがとう
しあわせをくれてありがとう
神様がくれた私達の天使
私のそばで寝息をたてている天使の顔を覗き込み
「やっと、逢えたね。 私がお母さんだよ」 と声をかけた
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2007年12月18日
陣痛
私は臨月に入ってまで仕事をしていた
引き継ぎなどがなかなかうまくいかず仕方なかったのだが
もういい加減、大きなお腹で通勤するのは大変だということで
お役御免になった
出産予定が8月なので
それまでは信じられないくらいアツイ
妊婦さんってどうしてこんなに体温が高いのぉ~
いけないと思いながら水シャワーを浴びたくらいだ
予定よりもお腹の子は大きく育ったらしく
予定日より少し早めに出産した方が良いとの医師の診断で
8月4日の夜、入院することになった
初めてのお産となると誰でもそうだと思うが
私も例外ではない
不安と期待とほんの少しの恐怖で複雑な心境だった
本当は自然に出産することを望んだのだが
これも安全に出産を迎えるには仕方ないことなのかもしれない
さぁ、いよいよ未知の世界へ足を踏み入れるのだ
必ず通らなければならない道だし、
やっと、待ち望んでいた赤ちゃんと会えるのだから
頑張るゾーっ! と意気込む気持ちと
なんとか気がつかない内にあっという間に過ぎてしまわないかなぁ
などと勝手なことを思っていた
翌日、8月5日
出産のための検査や準備に午前中費やした
点滴を打ちながら、陣痛が来るのを待っている状態だった
お昼ごはんもあまり食欲がなく、少ししか食べられなかったのを覚えている
まぁ、その頃は全然余裕で主人と冗談をいいながらリラックスしていたくらいだ
お腹のハリがきつくなった
いつものハリとは違う
ぎゅーーっって感じが少し長い
それが段々、感覚が短くなってきた
しかも、段々強力になってきた
なに? なに? キツイんだけど・・・
痛いんですけど・・・ 苦しいんですけど・・・・
しかも、段々感覚が短くなってきてるんですけど・・・
あれ~、これって あの 『陣痛』 ってーやつですか?
看護婦さんが 「陣痛が15分間隔くらいになったら教えてくださいね」
と言ったのだが、その 『陣痛』 とうものがどういうものなのか
それこそ未知の世界なのだ
思わず、看護婦さんに
「これって、陣痛なんですか?」と聞いてみた
看護婦さんは ??? の顔をして 黙って去って行ってしまった
そりゃーそうだ
陣痛を体験しているのはまさに今、私なのだから
私がわからなければ、他人がわかるわけない
でも、本当にわからないんですよぉーーー
教えてくださいよぉーーーー
冷静になり間隔を測ってみた
15分間隔になっていた
「あ~、やっぱり、これが陣痛なんだ」
やっと、気づいたトロい私です
さぁ、やっと戦いの場に入ってしまいました
『苦しいのは一人じゃない、子供も苦しいんだ。』
子どもと一緒に頑張る
子供も大変なんだから、早く楽にしてあげたい
そして、元気に私の腕の中に抱きたい
そう、思ったら母は強い
「さぁ、来い!」 状態だ
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引き継ぎなどがなかなかうまくいかず仕方なかったのだが
もういい加減、大きなお腹で通勤するのは大変だということで
お役御免になった
出産予定が8月なので
それまでは信じられないくらいアツイ
妊婦さんってどうしてこんなに体温が高いのぉ~
いけないと思いながら水シャワーを浴びたくらいだ
予定よりもお腹の子は大きく育ったらしく
予定日より少し早めに出産した方が良いとの医師の診断で
8月4日の夜、入院することになった
初めてのお産となると誰でもそうだと思うが
私も例外ではない
不安と期待とほんの少しの恐怖で複雑な心境だった
本当は自然に出産することを望んだのだが
これも安全に出産を迎えるには仕方ないことなのかもしれない
さぁ、いよいよ未知の世界へ足を踏み入れるのだ
必ず通らなければならない道だし、
やっと、待ち望んでいた赤ちゃんと会えるのだから
頑張るゾーっ! と意気込む気持ちと
なんとか気がつかない内にあっという間に過ぎてしまわないかなぁ
などと勝手なことを思っていた
翌日、8月5日
出産のための検査や準備に午前中費やした
点滴を打ちながら、陣痛が来るのを待っている状態だった
お昼ごはんもあまり食欲がなく、少ししか食べられなかったのを覚えている
まぁ、その頃は全然余裕で主人と冗談をいいながらリラックスしていたくらいだ
お腹のハリがきつくなった
いつものハリとは違う
ぎゅーーっって感じが少し長い
それが段々、感覚が短くなってきた
しかも、段々強力になってきた
なに? なに? キツイんだけど・・・
痛いんですけど・・・ 苦しいんですけど・・・・
しかも、段々感覚が短くなってきてるんですけど・・・
あれ~、これって あの 『陣痛』 ってーやつですか?
看護婦さんが 「陣痛が15分間隔くらいになったら教えてくださいね」
と言ったのだが、その 『陣痛』 とうものがどういうものなのか
それこそ未知の世界なのだ
思わず、看護婦さんに
「これって、陣痛なんですか?」と聞いてみた
看護婦さんは ??? の顔をして 黙って去って行ってしまった
そりゃーそうだ
陣痛を体験しているのはまさに今、私なのだから
私がわからなければ、他人がわかるわけない
でも、本当にわからないんですよぉーーー
教えてくださいよぉーーーー
冷静になり間隔を測ってみた
15分間隔になっていた
「あ~、やっぱり、これが陣痛なんだ」
やっと、気づいたトロい私です
さぁ、やっと戦いの場に入ってしまいました
『苦しいのは一人じゃない、子供も苦しいんだ。』
子どもと一緒に頑張る
子供も大変なんだから、早く楽にしてあげたい
そして、元気に私の腕の中に抱きたい
そう、思ったら母は強い
「さぁ、来い!」 状態だ
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2007年12月15日
プロポーズ?
結婚前、主人と友達で与論島へ旅行に行った
2日目の夜、明日は帰るということで皆でその日の体験ダイビングの話をしながら盛り上がった
私も強くもないビールを気分よく飲んで、ちょっと酔っぱらってしまった
その日の夜、酔ったせいであろう
こともあろうに彼に昔の切ない辛い恋の出来事を話してしまった
(普通、こういうことを話さないだろう・・・(^_^;))
ずっと、人には言えないことだった
辛い思い出で、一生誰にも話さないつもりだったし、忘れることができない出来事だった
酔ったせいもあるが、彼のハートが暖かく大きかったせいである
泣いてる私を彼はすっと包み込み、ぎゅっと抱きしめてくれた
「一緒にしあわせになろうね」
「ん、ん」とぐしょぐしょ顔の私はいつの間にか眠りについた
その時、私はプロポーズされた
------------------
と、信じていた
主人はどうやらその事を覚えていない様子だ
でも、ヤバイ話までも思い出してもらうのはいかがなものかと
それはそれでそっとしておくことにした
ある日、主人とデートした時のこと
スナックで2人で飲みながら(スナックって懐かしい響きだ~)
いつの間にか、「将来子供が出来たら・・・」の
もしも話になった
何の疑問もときめきもなく
2人で決めた名前が、なぜか男の子二人の名前だ
それが私達の息子二人の名前になった
女の子が欲しかった私だけど
なぜか、男の子の名前しか出てこなかった
不思議だね
その時、すでに決まっていたみたい
だから、お腹の中にいる時から名前で呼んでいた
大きなお腹をさすりさすり
「しょう、大好きだよー 早く出ておいで~」
ってな具合です
大きくなると「大好きだよ」がなかなか言えないのは寂しいね
今でもいつでも「大好き」なのにね
たまに「あんたはハンサムじゃん!」とか
「かっこいいよ」などと言ってあげると
鼻でフンと笑い 「親ばか」などとほざく長男である
次男は口の端でニヤニヤと笑うだけだ
二人とも嬉しいくせに
男の子ってかわいい (*⌒∇⌒*)♪
ふふっ、 ただの親ばかです
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
2日目の夜、明日は帰るということで皆でその日の体験ダイビングの話をしながら盛り上がった
私も強くもないビールを気分よく飲んで、ちょっと酔っぱらってしまった
その日の夜、酔ったせいであろう
こともあろうに彼に昔の切ない辛い恋の出来事を話してしまった
(普通、こういうことを話さないだろう・・・(^_^;))
ずっと、人には言えないことだった
辛い思い出で、一生誰にも話さないつもりだったし、忘れることができない出来事だった
酔ったせいもあるが、彼のハートが暖かく大きかったせいである
泣いてる私を彼はすっと包み込み、ぎゅっと抱きしめてくれた
「一緒にしあわせになろうね」
「ん、ん」とぐしょぐしょ顔の私はいつの間にか眠りについた
その時、私はプロポーズされた
------------------
と、信じていた
主人はどうやらその事を覚えていない様子だ
でも、ヤバイ話までも思い出してもらうのはいかがなものかと
それはそれでそっとしておくことにした
ある日、主人とデートした時のこと
スナックで2人で飲みながら(スナックって懐かしい響きだ~)
いつの間にか、「将来子供が出来たら・・・」の
もしも話になった
何の疑問もときめきもなく
2人で決めた名前が、なぜか男の子二人の名前だ
それが私達の息子二人の名前になった
女の子が欲しかった私だけど
なぜか、男の子の名前しか出てこなかった
不思議だね
その時、すでに決まっていたみたい
だから、お腹の中にいる時から名前で呼んでいた
大きなお腹をさすりさすり
「しょう、大好きだよー 早く出ておいで~」
ってな具合です
大きくなると「大好きだよ」がなかなか言えないのは寂しいね
今でもいつでも「大好き」なのにね
たまに「あんたはハンサムじゃん!」とか
「かっこいいよ」などと言ってあげると
鼻でフンと笑い 「親ばか」などとほざく長男である
次男は口の端でニヤニヤと笑うだけだ
二人とも嬉しいくせに
男の子ってかわいい (*⌒∇⌒*)♪
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2007年12月12日
結婚
というわけで、両親も親戚も手放しで私の結婚話には大喜び
早速、さすが沖縄
ユタさんへ行くことになった
---解説しよう、『ユタ』とは沖縄の霊媒師のような存在で、統計学的な占いとスピリチュアルな部分でいろいろなアドバイスをしてくれる。
人によっては得意分野(家・土地の事、運勢占い等)があるようで、そこを踏まえて選ばなければいけないのである。
しかも、ユタ協会なるものが存在するそうである。(ユタ協会の方からお聞きしました)---
ユタさんのおっしゃることには、どうやら私の運勢からいうと、年内(旧暦)に結婚しなければいけないらしい
ということで、慌ただしく 1月27日 結納 --> 3月27日 挙式
お腹も目立つ前にということもあったのだが
本人もビックリするくらい トントン拍子に事が進んで行った
実家の近くにアパートを借り、私達の生活が始まった
当時、母は産婦人科に勤めていたので
最初はそこでお産を・・・とも考えたのだが
どうも、高校の頃から知っているところへ行く気にはなれなくて
看護師さんたちに勧められた病院へ行くことにした
そこでは『母親学級』なるものがあり、ラマーズ法や軽い運動、心得、赤ちゃんの世話の仕方などなどを教えてもらった
父親参加の授業まであり、主人と一緒にラマーズ法を練習した
「出産の時、苦しいのは母親だけではない。
お腹の子供もとても苦しいのよ」
と助産婦さんに教えられた
胎教にいいと「リチャード・クレーダーマン」のピアノ曲CDを聴いたり、
「お顔のいい子が産まれるよ」とトイレ掃除を頑張ったりしたものでした
その甲斐あって、長男は産まれた時からハンサムでした
未だに「誰に似たの?」と疑われていますが・・・
ほっといてくれ!
赤ちゃんはお腹の中で、ちゃんと周りの音を聞いてるらしく
それもしっかりと記憶に刻まれるらしい
大きなお腹をさすっては、主人と私はお腹の赤ちゃんに話しかけていた
そういう時の主人は、まさしくメロメロパパ
子供嫌いの主人と私が、こういう構図になるなんて
二人とも全く想像できなかった
でも、なんて幸せなのだろう
これが、幸せというものなのか
幸せってほわほわとあったかいものだったんだと 感じさせられる空間だった
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
早速、さすが沖縄
ユタさんへ行くことになった
---解説しよう、『ユタ』とは沖縄の霊媒師のような存在で、統計学的な占いとスピリチュアルな部分でいろいろなアドバイスをしてくれる。
人によっては得意分野(家・土地の事、運勢占い等)があるようで、そこを踏まえて選ばなければいけないのである。
しかも、ユタ協会なるものが存在するそうである。(ユタ協会の方からお聞きしました)---
ユタさんのおっしゃることには、どうやら私の運勢からいうと、年内(旧暦)に結婚しなければいけないらしい
ということで、慌ただしく 1月27日 結納 --> 3月27日 挙式
お腹も目立つ前にということもあったのだが
本人もビックリするくらい トントン拍子に事が進んで行った
実家の近くにアパートを借り、私達の生活が始まった
当時、母は産婦人科に勤めていたので
最初はそこでお産を・・・とも考えたのだが
どうも、高校の頃から知っているところへ行く気にはなれなくて
看護師さんたちに勧められた病院へ行くことにした
そこでは『母親学級』なるものがあり、ラマーズ法や軽い運動、心得、赤ちゃんの世話の仕方などなどを教えてもらった
父親参加の授業まであり、主人と一緒にラマーズ法を練習した
「出産の時、苦しいのは母親だけではない。
お腹の子供もとても苦しいのよ」
と助産婦さんに教えられた
胎教にいいと「リチャード・クレーダーマン」のピアノ曲CDを聴いたり、
「お顔のいい子が産まれるよ」とトイレ掃除を頑張ったりしたものでした
その甲斐あって、長男は産まれた時からハンサムでした
未だに「誰に似たの?」と疑われていますが・・・
ほっといてくれ!
赤ちゃんはお腹の中で、ちゃんと周りの音を聞いてるらしく
それもしっかりと記憶に刻まれるらしい
大きなお腹をさすっては、主人と私はお腹の赤ちゃんに話しかけていた
そういう時の主人は、まさしくメロメロパパ
子供嫌いの主人と私が、こういう構図になるなんて
二人とも全く想像できなかった
でも、なんて幸せなのだろう
これが、幸せというものなのか
幸せってほわほわとあったかいものだったんだと 感じさせられる空間だった
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2007年12月09日
告白
大晦日の夜、残念ながら小雨がパラついてきた
どんよりと重たいそう雨雲のせいで、余計にあたりが暗く感じる
それでも、日の出には少しの晴れ間を期待して私達は車で待つことにした
その間、いろいろな話をした
それとともに少しずつ眠気を感じた私だけど
今日は、そういう訳にはいかないのだ
空は少しずつ少しずつ明るさを持ち始めたのだが
ポツポツと雨が降り出した
どうやら日の出は無理のようだ
今のうちに話しておかなければ・・・
私 :「あのね・・・、どうやらできちゃったみたいなんだ・・・」
彼 :「・・・・・・・・・・・・・・・?!」
私 :「・・・・・」(どうしよう、困ってるみたい。ひょっとしてマズイ展開?)
彼 :「ふぅーーーーーーー」(ちょっと深いため息)
「なんで、もっと早く言わないーーー。ちゃんと挨拶しなきゃいけないだろう」
私 :(あり?)
ということで、告白はどうやらうまくいったようである
翌日、1月2日
彼は職場の新年会へ行く前に 我が家へ改めてご挨拶に訪れることになった
一応、両親へは 「彼が話があるみたいよ」 と言っておいたが
どうやら感づいたようで
その日は、なんだか両親はウキウキしていた
なぜか叔母さんまで一緒である(ま、お正月なのだから居てもおかしくないのだけど)
ピーンポーン♪
彼が来たっ
新年会へ行く事もあるが、スーツ姿の彼がかしこまって立っていた
これまた記憶が定かではないが
たしか、こんな感じだったと思う
~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼 :「娘さんと結婚させてください」
両親は大喜び! ついでに叔母さんまでも大はしゃぎ(なんでだ)
両親にしてみれば、ちょっとやんちゃな私なんか
「さっさと片付いてくれれば安心だ~」とでも思ってたのかもしれない
私達は早々に新年会へと出かけた
その後の我が家での様子が見えるようである
出かけるときに叔母さんは
「こうなったら早いとこ進めなきゃ」ですって
聞こえてますよ~
あの~、拍手はどなたへ?
これは後日、主人はこの件の事を
「だまされた」とのたもうた
そういう風に見えるかもしれないが
私としては精一杯だったわけで
『騙す』だなんて人聞きの悪い
そのお陰で今の幸せがあるわけで
そう、そうなんです
この(お腹の)子が私の元に来てくれなければ
今の私はなかったかもしれない
少なくとも結婚などしていなかったかもしれない
主人と結婚して、優しい子供たちもいて
今の幸せな私は存在していなかったでしょう
子供たちに感謝です
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
どんよりと重たいそう雨雲のせいで、余計にあたりが暗く感じる
それでも、日の出には少しの晴れ間を期待して私達は車で待つことにした
その間、いろいろな話をした
それとともに少しずつ眠気を感じた私だけど
今日は、そういう訳にはいかないのだ
空は少しずつ少しずつ明るさを持ち始めたのだが
ポツポツと雨が降り出した
どうやら日の出は無理のようだ
今のうちに話しておかなければ・・・
私 :「あのね・・・、どうやらできちゃったみたいなんだ・・・」
彼 :「・・・・・・・・・・・・・・・?!」
私 :「・・・・・」(どうしよう、困ってるみたい。ひょっとしてマズイ展開?)
彼 :「ふぅーーーーーーー」(ちょっと深いため息)
「なんで、もっと早く言わないーーー。ちゃんと挨拶しなきゃいけないだろう」
私 :(あり?)
ということで、告白はどうやらうまくいったようである
翌日、1月2日
彼は職場の新年会へ行く前に 我が家へ改めてご挨拶に訪れることになった
一応、両親へは 「彼が話があるみたいよ」 と言っておいたが
どうやら感づいたようで
その日は、なんだか両親はウキウキしていた
なぜか叔母さんまで一緒である(ま、お正月なのだから居てもおかしくないのだけど)
ピーンポーン♪
彼が来たっ
新年会へ行く事もあるが、スーツ姿の彼がかしこまって立っていた
これまた記憶が定かではないが
たしか、こんな感じだったと思う
~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼 :「娘さんと結婚させてください」
両親は大喜び! ついでに叔母さんまでも大はしゃぎ(なんでだ)
両親にしてみれば、ちょっとやんちゃな私なんか
「さっさと片付いてくれれば安心だ~」とでも思ってたのかもしれない
私達は早々に新年会へと出かけた
その後の我が家での様子が見えるようである
出かけるときに叔母さんは
「こうなったら早いとこ進めなきゃ」ですって
聞こえてますよ~
あの~、拍手はどなたへ?
これは後日、主人はこの件の事を
「だまされた」とのたもうた
そういう風に見えるかもしれないが
私としては精一杯だったわけで
『騙す』だなんて人聞きの悪い
そのお陰で今の幸せがあるわけで
そう、そうなんです
この(お腹の)子が私の元に来てくれなければ
今の私はなかったかもしれない
少なくとも結婚などしていなかったかもしれない
主人と結婚して、優しい子供たちもいて
今の幸せな私は存在していなかったでしょう
子供たちに感謝です
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
2007年12月09日
芽覚め ― おまけです
記念すべき第1回目の投稿『芽覚め』のおまけページですぅ
産婦人科の医師に
「おめでとうございます」
と言われた瞬間 。・゚゚・(´。`)・゚゚・。うるうる
その後どういう会話をしたのか覚えていない
ただ、その時渡されたある物が今では私の宝物となっている
それは これだ
キューピーちゃん
左足の裏に予定日が書かれていた
思わず胸に抱きしめていた・・・
粋だよねぇ
最高だよねぇ
こんなことしてくれるなんてねぇ
マイったよ ほんと
また、涙が出ちゃったもん
今も時々取り出してはあの時の感動を思い出している
何かあった時、初心にかえれるように
子供が大人になって結婚するときに
このキューピーちゃんを渡してあげよう
「お前は望まれてこの世に産まれてきたんだよ」と・・・
産婦人科の医師に
「おめでとうございます」
と言われた瞬間 。・゚゚・(´。`)・゚゚・。うるうる
その後どういう会話をしたのか覚えていない
ただ、その時渡されたある物が今では私の宝物となっている
それは これだ
キューピーちゃん左足の裏に予定日が書かれていた
思わず胸に抱きしめていた・・・
粋だよねぇ
最高だよねぇ
こんなことしてくれるなんてねぇ
マイったよ ほんと
また、涙が出ちゃったもん
今も時々取り出してはあの時の感動を思い出している
何かあった時、初心にかえれるように
子供が大人になって結婚するときに
このキューピーちゃんを渡してあげよう
「お前は望まれてこの世に産まれてきたんだよ」と・・・
2007年12月09日
初めてのご対面
初めての産婦人科
初めての妊娠
今まで正直、結婚願望が全くなかったわけではない
(一応、女の子でしたので・・・)
いつかは結婚して普通に子供を産んで・・・
という事があるのかなぁ~
などとぼーっと考えてはいたのだが・・・
それが現実のものとなるわけで
ましてや 子供嫌いの私が子供を産むなんて想像もできない
妊娠に気づき、確実となり、母に芽覚めた私が次に取った行動は
両親に彼を合わせること
最初に彼に会った時の印象はというと
「この人なら両親も満足だろう」・・・・・だった
付き合い当初から
彼は「両親に合わせてくれ」と言っていた
合せなかったのはちょっとした訳がある
問題なのは『母』なのだ
兄が結婚前、次から次と女をとっかえひっかえしていた
(本人曰く『もてる』)兄は
ある日、両親が田舎から出てきたので
一緒に住んでいた彼女(その後結婚するのだが)を紹介した
その時、母が昔の彼女の名前で呼んだのだ
しかも、「あの子はとってもいい子だったよ~」とほざいたのだ
あの時の兄の顔と義姉の顔、その時の空気は忘れられない
その出来事が私に学習させたのだ
まぁ、とにかく今はお腹の父親は彼しかいないし
他に彼氏を紹介した事はないので
おかしなことは起こりえないだろう
それに、彼なら両親はきっと喜んでくれる
そう確信していた私は、両親に紹介することにした
それでも、やっぱりちょっと不安
ずるい私はとりあえず合せてから又、考えよう
(何をだよ~っ!って何も考えてないのだが)
大晦日の夜、日の出を見に行くと彼に迎えに来てもらった
その時、紹介
案の定、両親は大喜び
ニッコニッコで私を送り出した
一応、最初のご対面はうまく行った
さぁ、次は彼への告白
こっちの方が私としてはかなり緊張する
ドラマチックに告白する方がいいのか
はたまた、さりげな~く告白する方がいいのか
彼はどういう反応を示すのか
---------
日の出を見ながらの告白を決意した
生意気にランキングなどに参加しています
ポチッと応援してくれるとうれしいな♪
初めての妊娠
今まで正直、結婚願望が全くなかったわけではない
(一応、女の子でしたので・・・)
いつかは結婚して普通に子供を産んで・・・
という事があるのかなぁ~
などとぼーっと考えてはいたのだが・・・
それが現実のものとなるわけで
ましてや 子供嫌いの私が子供を産むなんて想像もできない
妊娠に気づき、確実となり、母に芽覚めた私が次に取った行動は
両親に彼を合わせること
最初に彼に会った時の印象はというと
「この人なら両親も満足だろう」・・・・・だった
付き合い当初から
彼は「両親に合わせてくれ」と言っていた
合せなかったのはちょっとした訳がある
問題なのは『母』なのだ
兄が結婚前、次から次と女をとっかえひっかえしていた
(本人曰く『もてる』)兄は
ある日、両親が田舎から出てきたので
一緒に住んでいた彼女(その後結婚するのだが)を紹介した
その時、母が昔の彼女の名前で呼んだのだ
しかも、「あの子はとってもいい子だったよ~」とほざいたのだ
あの時の兄の顔と義姉の顔、その時の空気は忘れられない
その出来事が私に学習させたのだ
まぁ、とにかく今はお腹の父親は彼しかいないし
他に彼氏を紹介した事はないので
おかしなことは起こりえないだろう
それに、彼なら両親はきっと喜んでくれる
そう確信していた私は、両親に紹介することにした
それでも、やっぱりちょっと不安
ずるい私はとりあえず合せてから又、考えよう
(何をだよ~っ!って何も考えてないのだが)
大晦日の夜、日の出を見に行くと彼に迎えに来てもらった
その時、紹介
案の定、両親は大喜び
ニッコニッコで私を送り出した
一応、最初のご対面はうまく行った
さぁ、次は彼への告白
こっちの方が私としてはかなり緊張する
ドラマチックに告白する方がいいのか
はたまた、さりげな~く告白する方がいいのか
彼はどういう反応を示すのか
---------
日の出を見ながらの告白を決意した
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2007年12月05日
芽覚め
私は47歳の主婦
あと、3ヶ月で48歳を迎える
夫と二人の子供がいる仕事を持つ主婦である
今から、丁度20年前
当時付き合って10か月頃の彼(それが主人だ)がいた
12月の2週目の頃、ふと気付く
毎月来るはずの女の子の印がやって来ない
「えっ、 えっ、 え~っ、 これって、もしかしてヤバいんじゃない?」
(って、27歳の私が言える言葉か)
彼はすごく優しくて紳士だし、とても面白くて楽しい人だ。
車で迎えに来た時、サッとドアを開けてくれるほどだ。
そんな風に扱われた経験のない私は、少し戸惑いを感じたくらいだった。
でも、悪い気は決してしない。
好みの顔でないこととハラハラする刺激がないだけで
すごく結婚相手としてはgood!な人
でも、当時の私は結婚に対して夢を持っていなかった
兄の泥沼離婚の末、子供たちの面倒も見る羽目になっていた私。
「男なんてどうせ、浮気なんてするんでしょう?」
(兄の潔白の為に言うが、決して兄の浮気が離婚の原因ではない)
「結婚しても喧嘩したり、幸せなんてないんじゃないの?」
なんて、思っていた
しかも
「子供なんて、思い通りにいかなければギャーギャー騒ぐし、言うことは聞かないし、イライラするだけだし」
と、子供嫌いだった
そんな、私が・・・・
ありえない、信じられない、どうしよう どうしよう
それに彼が逃げてしまったらどうするの?
最悪、一人で育てることになるの?
絶対、有り得ない 考えられない
どうしよう どうしよう
お・ろ・す・・・・・?
いろんなことが頭を駆け巡った
とにかく友人の紹介で女性が産科医であるという病院へ行くことにした
12月23日
意を決し、いざ診察へ
いよいよ、医師の診察
複雑な心境で医師の前の椅子に腰かけた
机に何やら記入していた医師は、振り返り私を見るなり
「おめでとうございます」
-----------
その瞬間、予期せぬことが私に起こった
胸のずっと奥の方から あっつい物がぐゎーっと溢れ出してきた
のどを通り鼻を突きぬけ、目へと辿り着いた
その一部はたぶん、そのまま脳天へと突き抜けたかもしれない
私の意志とは関係なく、涙があふれ出してきた
じわーっと、うるうると・・・
その瞬間、気づいたのだ
本当は、望んでいた
もう、迷わなかった
一人でもこの子を産む。 この子を守る。
もう、自分を騙せない。 嘘はつけない。
今にして思えばその時、すでに私は母になっていたのかもしれない
私は芽覚めたのだ
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夫と二人の子供がいる仕事を持つ主婦である
今から、丁度20年前
当時付き合って10か月頃の彼(それが主人だ)がいた
12月の2週目の頃、ふと気付く
毎月来るはずの女の子の印がやって来ない
「えっ、 えっ、 え~っ、 これって、もしかしてヤバいんじゃない?」
(って、27歳の私が言える言葉か)
彼はすごく優しくて紳士だし、とても面白くて楽しい人だ。
車で迎えに来た時、サッとドアを開けてくれるほどだ。
そんな風に扱われた経験のない私は、少し戸惑いを感じたくらいだった。
でも、悪い気は決してしない。
好みの顔でないこととハラハラする刺激がないだけで
すごく結婚相手としてはgood!な人
でも、当時の私は結婚に対して夢を持っていなかった
兄の泥沼離婚の末、子供たちの面倒も見る羽目になっていた私。
「男なんてどうせ、浮気なんてするんでしょう?」
(兄の潔白の為に言うが、決して兄の浮気が離婚の原因ではない)
「結婚しても喧嘩したり、幸せなんてないんじゃないの?」
なんて、思っていた
しかも
「子供なんて、思い通りにいかなければギャーギャー騒ぐし、言うことは聞かないし、イライラするだけだし」
と、子供嫌いだった
そんな、私が・・・・
ありえない、信じられない、どうしよう どうしよう
それに彼が逃げてしまったらどうするの?
最悪、一人で育てることになるの?
絶対、有り得ない 考えられない
どうしよう どうしよう
お・ろ・す・・・・・?
いろんなことが頭を駆け巡った
とにかく友人の紹介で女性が産科医であるという病院へ行くことにした
12月23日
意を決し、いざ診察へ
いよいよ、医師の診察
複雑な心境で医師の前の椅子に腰かけた
机に何やら記入していた医師は、振り返り私を見るなり
「おめでとうございます」
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その瞬間、予期せぬことが私に起こった
胸のずっと奥の方から あっつい物がぐゎーっと溢れ出してきた
のどを通り鼻を突きぬけ、目へと辿り着いた
その一部はたぶん、そのまま脳天へと突き抜けたかもしれない
私の意志とは関係なく、涙があふれ出してきた
じわーっと、うるうると・・・
その瞬間、気づいたのだ
本当は、望んでいた
もう、迷わなかった
一人でもこの子を産む。 この子を守る。
もう、自分を騙せない。 嘘はつけない。
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